19の頃 僕は 見つめてた
遥かな世界を 海の彼方を
聞こえて来る音に 恋をした
それが僕には 愛だった
ずっとずっと 憧れていた
心も からだも 奪われて
ずっとずっと 追いかけていた
果たせぬ恋とは 知るすべもないまま
でももう ここからは 追いかけない
夢見た世界に 今 別れを告げる
今 僕には 何が見える
失くしたものは 見えているか
あの空へと続く 白い道が
今は 鮮やかに 見えているか
ずっとずっと 憧れていた
心も からだも 奪われて
ずっとずっと 追いかけていた
果たせぬ恋とは 知るすべもないまま
遅すぎた 目覚めは 冷たい朝
新しい恋に また 会えるその日まで
19の頃 僕は 見つめてた
遥かな世界を 海の彼方を
その時から恋は 始まった
今 その恋は 海に浮かぶ
この道を今 行くほかはない
自分の場所へ たどり着くためには
自分の声で 自分の言葉で
君の心に 届くその時まで
19の自分に 別れを告げて
もう一度ここから また歩き始める
この道を今 行くほかはない
自分の場所へ たどり着くためには小田さんのオリジナルアルバム「個人主義」に収録されている「19の頃」の歌詞です。
その曲名の通り、自身の19の頃の世界観が歌われています。
小田さんは、洋楽に憧れて音楽を始めた。
それが楽しくて嬉しくて、そこから離れられなくなっていた。
もちろん、英語の歌が格好良いと思っていた。
そんな外国で、自分の音楽をやってみたいと、何度か試みたが、その入り口にもたどり着けなかった。
しかし、いつからか、英語で歌うより日本語で歌う方が格好良いと思うようになっていった。
伝えたいことを歌うなら、一番伝えられるのが日本語だからだと。
そして、外国で自分の音楽をやるという、本気だった夢が消えていった。
実際、小田さんの曲は日本語のみの歌詞の曲がほとんどです。
KAT-TUNに提供した「僕らの街で」も、彼らの曲で初めて、日本語歌詞のみの曲になったほどです。
これらのことは、小田さんのこの思いから来ていることだということが分かるかと思います。
確かに、日本語の方が格好良いとは思いますね。
別に、歌詞に英語が入っているから格好悪いと言っているわけではありません。
小田さんの考え方が、僕にはよく分かるということです。
英語の歌詞が入っている場合、その部分だけ意味が分からないことがあってもおかしくない。
だが、日本語の場合は、伝えたいことをまっすぐに伝えることができる。
まっすぐに伝えたいことを歌うなら、日本語のみ歌うのが一番だということがよく分かるのです。
こういう時、日本語は良いなと思えますね。
で、なぜこの曲について書いたのかというと、僕自身の「19の頃」が終わろうとしているからです。
僕はあと少しで二十歳を迎えます。
ついにこの時が来てしまうのだと、切ない気持ちもあったりします。
ですが、生まれてきた宿命を背負った以上、誇りを持って乗り越えて行くほかはありません。
これからが、1度きりしかない、短い人生の本番と言えるのだから。
自分の場所へたどり着くために、この道を今、行くほかはありません。
19の自分に別れを告げて、もう一度ここから、また歩き始めます。
小田さんのお父さんの信次さんが、93歳で永眠されたとのことです。
お別れ会が催されたという情報を聞いています。
心より、ご冥福をお祈りします。
明日、父方祖父の法事があります。
父方の祖父が急逝して早3年です。
誕生日イブイブ、おめでとうございますっ!
あっ・・・。まぁ、京都行きもあり、伺えなかったらとい思い、ちょっと先走っちゃいましたぁ。
これからも信念を持って、大切にしたいしたい日本語で、めいっぱい遊んじゃってくださいねっ(笑)